Opera Sketch
今回の公演について
アンダンテ企画のホームページにあるように、私は、自分もソプラノですが、予てからソプラノの人数に比べて演奏の場が少ないことに、忸怩たる気持ちを抱いていました。
声種は声帯や骨格といった、生まれつきの持ち物で決まるため自分で選ぶことができません。もちろん、ソプラノに生まれた事を否定したいわけではありません。
しかしあまりの人数比率の多さに、沢山のソプラノが懸命に学んできたことを披露する場がないというのは、何か淋しいものがあります。
単純に考えて、一つのオペラの中で、ソプラノ役1人〜2人がステージに立てるとして、そこに競合する人数が10人なのか100人なのかは大きな違いです。誇張ではなく、それくらいソプラノの人数は多いのです。
さて、そんな中で、自らも努力しつつ、歌う場を探していくわけですが、同じように努力している他のソプラノさんたちに対しても、何らかの形で歌う場を増やしたい、そんなことがきっかけで、このような企画を立ち上げました。
しかし、ソプラノだけで舞台が成り立つわけでもありませんし、一つの演奏会として考えたとき、やはり演目のバランス、構成というものはとても重要になります。そのため、私は構成上必要であれば、他の声種が主役の演目も入れます。
そうする事で、演奏会全体のバランスが引き締まり、ソプラノはもちろん、他の声種の全ての出演者をより輝かせる事ができると考えているからです。
私はソプラノをたくさん使いたいという目的の他に、歌い手もお客様も満足する場を作りたいと常々考えています。そして、ほとんどのアーティストや制作者はそう思っているはずです。
皆出発点は違えど、最終的に目的とするところは、簡単にいってしまえば「いい舞台」を作ることだと思っています。
今回、オーディションで選ばれた6人のソプラノを含め、全部で10名の歌手によるコンサートですが、ただアリアを歌う(もちろんこういうステージも、たくさんのアリアなどが聴けて、とても聴きごたえがあります)ということではなく、一つ一つの作品を、もう少しじっくり聴いていただこう、歌手もアリア1曲よりも、その作品に没入して”演じる”ことができるのでは、と考えてこのような構成にしてみました。
私は常々、小編成で内容の濃い舞台をお届けできたら、と思っています。そのため、せんがわ劇場のようなコンパクトな会場で、出演する歌手の人数をしぼり、内容がよりお客様に伝わるような舞台作りを目指しています。
オペラを一本観るのも、それはそれで充実した時間を過ごせますが、今回のように物語の一部や、全体のダイジェストという形で見るのも、悪くないのではないか、と思っています。
お越し頂くお客様にも、この感覚を共有していただきたく、本番に向けて邁進してまいります。

作品概要
ドニゼッティ:ランメルモールのルチア Lucia di Lammermoor – Gaetano Donizetti(1835)
「ランメルモールのルチア」は、イタリアの作曲家ドニゼッティ中期の傑作で、ベルカント・オペラの代表作のひとつです。抒情的で技巧的な旋律美が光り、特にルチアの「狂乱の場」はソプラノの腕の見せどころとして有名です。。愛と家族の板挟みに追い詰められ、狂気に飲まれていく若い女性の心の変化が、音楽によって繊細に描かれまする。
今回の舞台では、ルチアの最初のアリア「Regnava nel silenzio」と、続く二重唱「Sulla tomba che rinserra」の2曲をお送りします。
作品のあらすじ
スコットランドの荒涼とした地に建つランメルモール城。その娘ルチアは、家同士が血で争った敵の家に生まれた男——エドガルドと、密かに許されぬ恋を育んでいる。だが、兄エンリーコは一族の再興のため、政治的な結婚をルチアに強いようと画策し、姉妹のように育った女官アリーサまでもが心配するなか、ルチアの心は静かに崩れてゆく。
城の庭園、古い噴水の前。ルチアはアリーサに、自らの不安と恐れを語る。愛の幸福と、そこに影のようにつきまとう死の気配。かつてこの場所で母の霊を見たこと、そしてその幻が彼女に語りかけたことを、彼女は静かに歌い上げる——「Regnava nel silenzio(あたりは沈黙に閉ざされて)」は、その旋律の美しさとは裏腹に、死と狂気を予感させる、ひとりの若い女の内なる告白である。
やがて現れるエドガルド。敵地から戻ったばかりの彼は、すぐに遠い国への亡命を余儀なくされており、別れの前にルチアとの愛を確かめようとする。互いに抱える運命の重さ、愛の困難を知りながらも、ふたりは心を合わせ、「Verranno a te sull’aure(そよ風に乗って君に届こう)」と歌い交わす。この甘美な重唱には、愛の勝利のような輝きがあるが、その裏に運命の毒が静かに潜んでいる。
やがて、エンリーコの策略により、エドガルドはルチアの裏切りを信じさせられ、ルチアは無理やりアルトゥーロとの結婚を強いられる。その婚礼の最中に現れたエドガルドは、愛する彼女の花嫁姿に怒り、絶望の言葉を投げつける。その夜、ルチアは狂気に陥り、白い婚礼衣装のままナイフで新郎を刺し殺す。そして血に染まった衣のまま、夢と現実の狭間で愛を呟きながら絶命する。
その報せを受けたエドガルドは、彼女の墓所で最後の祈りを捧げる。「Tu che a Dio spiegasti l’ali(神のもとに翔けのぼる君よ)」と歌いながら、天に召された恋人に自らの命をも捧げる。ふたりの愛は、ついに生では結ばれなかったが、死によって永遠のものとなる——それはドニゼッティが描いた、もっとも美しく、もっとも哀しい愛の形である。

ヴェルディ:椿姫La Traviata – Giuseppe Verdi(1853)
「椿姫」はアレクサンドル・デュマ・フィスの原作”La Dame aux camélias”を原作に書かれたオペラです。原作のタイトルは謂わば「椿姫」ですが、ヴェルディのオペラのタイトルは”La traviata”で、「道を踏み外した女」といった意味になります。パリの社交界を舞台にし、高級娼婦を主人公にした話です。原作とは登場の人物の名前とエンディングが違いますが、他のストーリーは概ね同じです。
今回は、最も著名なアリアを含む第1幕を凝縮してお送りします。
あらすじ
パリの華やかな夜会に、グラスの音と人々の笑い声がこだまする。そこに咲く一輪の椿のような存在——高級娼婦ヴィオレッタ。華やかさの裏に病を抱えながら、彼女は日々の享楽のなかに身を沈めて生きている。だがその夜、彼女の前にアルフレードという一人の青年が現れる。
ヴィオレッタのサロンで、アルフレードは「Libiamo ne’ lieti calici(乾杯の歌)」を歌い出す。軽やかで洒落たメロディに乗せられてヴィオレッタも笑顔で応じる。
やがて客は別の部屋にうつり、ひとり残ったヴィオレッタは病に蝕まれた体の辛さを思わず呟く。「Oh,qual pallor!(何と青白い!)」
そこへアルフレードがやってきて、かねてから彼女のことを慕い続けていたと告白する。最初は軽くあしらうヴィオレッタだが、純粋で誠実なアルフレードの態度に、これまでの愛人たちにはなかった“何か”が彼女の胸に静かに芽生え始める。
アルフレードが立ち去り、ヴィオレッタは自分の心の動揺に戸惑う。「È strano!… Ah, fors’è lui(不思議だわ…!そはかの人か)」——愛など信じたことのない彼女が、初めてその可能性を見つめ始める。しかしその直後、彼女はもう一つの声を自分に向ける。「Sempre libera(いつも自由に)」——自由に生きるのが私、愛なんて幻想、と自らに言い聞かせるように。
だがその歌の最中、外からアルフレードの声が聞こえてくる。その優しい旋律は、ヴィオレッタの心に確かに届きながらも、彼女は「いや、私は自由でいたい!」と歌いあげる。
2幕では、二人は郊外でひとときの幸せな同棲生活を送るが、アルフレードの父ジェルモンが現れ、家の名誉を守るため彼女に別れを迫る。ヴィオレッタは涙を呑んで身を引き、彼女の犠牲を知らないアルフレードは、怒りと誤解で彼女を責め立てる。舞踏会の場で彼が彼女を公然と侮辱する場面は、愛が引き裂かれる痛ましい瞬間だ。
3幕。パリの薄暗い部屋で、ヴィオレッタは病に倒れ、死が迫っている。そこへ駆けつけるアルフレード。すべての誤解が解け、二人は抱き合い、失った時間を取り戻すかのように愛を歌う。だが喜びも束の間、彼女は彼の腕の中で息を引き取る。
ヴェルディは、愛と犠牲、人生の儚さを、輝く旋律と緊迫したドラマで描き出した。椿の花が散るように、ヴィオレッタの短い生は、美しく燃え尽きていく。

J.シュトラウスII:こうもりDie Fledermaus – Johann Strauss II. (1874)
ワルツ王シュトラウス2世の最も著名なオペレッタ「こうもり」はこの作品自体が「オペレッタの王様」とも呼ばれます。大晦日にはウィーン国立歌劇場で上演されるのが恒例です。
今回の登場人物は3人ですが、全体を凝縮した形でお見せします。尚、オリジナルの日本語訳詞でお届けいたします。
作品のあらすじ
ウィーンの大晦日。洒落者の銀行家アイゼンシュタインは、些細な罪で数日間だけ刑務所に入る事になっていた。
だがその夜、旧友ファルケ博士に誘われ、刑務所行きを一晩先送りし、妻ロザリンデに内緒でパーティーに出かけることになる。
しかし実はファルケの差し金で、妻ロザリンデ、小間使いアデーレも、アイゼンシュタインには内緒でそのパーティーに行く事になっているのだ。
皆は楽しみな本心を隠し、涙を流して別れを告げる。「ひとりぼっちなのね」
アイゼンシュタインがパーティーに行くと、そこには仮面をつけたハンガリーの謎の美女。「チャルダッシュ」
アイゼンシュタインはさっそく、綺麗な時計を散らつかせ美女の気を惹くが、作戦失敗、時計は取られてしまう。「この時計が」
そこに女優のオルガと名乗る娘もやってくるが、小間使いアデーレにそっくり。アイゼンシュタインがそれを指摘すると、「侯爵様、あなたのようなお方は」と笑いながらからかわれてしまう。
何が嘘か本当かわからぬままにパーティーは終わり、シャンパンの泡と共に時間は過ぎ去り、消えていく。
翌朝、酔いも冷めぬままアイゼンシュタインが刑務所に出頭すると、女優になるためのパトロンを探しているアデーレが刑務所長に、「田舎娘を演じる時は」と、ちゃっかりアピールしている。
事態は次々に明らかになる。
やはり女優オルガはアデーレ、そして自分が口説いたハンガリーの美女は、妻ロザリンデだったのだ。
全ては友人ファルケが仕組んだ事、アイゼンシュタインをからかったのだった。
粋なイタズラの後、最後に残るのは笑いと乾杯。「シャンパンの歌」

マスカーニ:カヴァレリア・ルスティカーナCavalleria Rusticana – Pietro Mascagni(1889)
「カヴァレリア・ルスティカーナ」は、《田舎の騎士道》といったような意味で、シチリアの田舎の村では「血で名誉を守る」という掟を指しています。1889年の1幕もののオペラ作曲コンクールで、圧倒的な評価で1位になった、ヴェリズモ・オペラ(現実主義オペラ)を代表するオペラのひとつです。
1幕もののオペラで、普通に演奏しても70分くらいの作品ですが、いいとこ取りでお送りします。有名な間奏曲は、ピエトロ・マッツォーニが後に歌詞を付けた「アヴェ・マリア」として上演致します。
作品のあらすじ
復活祭の朝。シチリアの小さな村に、鐘の音とともに陽が昇る。皆が教会へと向かうなか、裏路地では一つの愛と裏切りの物語が静かに動き出していた。若者トゥリッドゥは、婚約者サントゥッツァに隠れて、すでに人妻となったかつての恋人ローラと逢瀬を重ねていた。
サントゥッツァは悩み、「Voi lo sapete, o mamma(義母さん、あなたはご存じでしょう)」と、トゥリッドゥの母ルチアに全てを打ち明ける。
サントゥッツァに同情しつつも、ルチアにはどうする事もできず、サントゥッツァを置いてミサに向かうのだった。
当時は女性の貞操観念が厳しかった時代、未婚でトゥリッドゥと愛し合ったサントゥッツァはどうしても教会に入る事ができない。
すると、そこへトゥリッドゥがやってくる。「Tu qui, Santuzza? (サントゥッツァ、ここにいたのか)」
言い合いになる2人。そこに当のローラが 「Fior di giaggiolo(グラジオラスの花が)」と、明るく歌いながらやってくる。
そしてサントゥッツァに皮肉を言いながら、教会に堂々と入って行くのだった。
トゥリッドゥもサントゥッツァを置いて教会に行く。
サントゥッツァはついに、ローラの不貞をローラの主人アルフィオに告げてしまう。激情に駆られたアルフィオは、トゥリッドゥに決闘を申し込む。
その申し出を受けたトゥリッドゥは、母ルチアに多くを語らず、別れを告げる「Mamma, quel vino è generoso(母さん、あの酒は強いね)」
そしてトゥリッドゥは去っていく。
胸騒ぎを覚える母ルチア、そこにやってきたサントゥッツァ。
すると遠くから叫び声が聞こえる。「Hanno ammazzato compare Turiddu!(トゥリッドゥが殺された!)」

マスネ:シンデレラCendrillon – Jules Massenet(1895)
いわずと知れた「シンデレラ」の物語ですが、マスネの「シンデレラ」はペローの童話を基にしています。フランス語ですので”Cendrillon” – サンドリヨンということになりますが、今回は馴染みの深い「シンデレラ」という英語の表記を採用しました。サンドリヨンとは、”灰かぶり”という意味です。
今回は、シンデレラも王子が舞踏会で恋に落ちるまでをピックアップして上演致します。日本語訳詞にてお届けします。
作品のあらすじ
心優しく美しい娘リュセットは、義姉たちの下働きとして毎日、働き詰め。わずかに暖かい暖炉のそばで眠るため、いつも灰にまみれている彼女を皆が「シンデレラ(灰かぶり)」と呼んでいた。
ある日、王子が花嫁を選ぶための舞踏会を開くと発表され、継母と義姉たちは着飾るのに夢中だが、ドレスも持たないシンデレラは行けるはずもない。
一人残された彼女は、「小さなコオロギさん」と哀しく歌って眠りにつく。
すると、そこに妖精の女王が現れる。「優しい子よ!」
シンデレラの名付け親である女王は、魔法を使って美しいドレスとガラスの靴を与え、舞踏会へ送り出す。12時までに帰るように、と釘をさして。
さてお城舞踏会では、多くの令嬢がシャルマン王子の心を射止めようとするが、彼の目にとまったのはただ一人——シンデレラだった。「あこがれの人よ!」
二人は惹かれ合うが、やがて時計が12時の鐘を打ち始める。
シンデレラは慌てて舞踏会から逃げ出すが、その途中でガラスの靴を片方落としてしまう。
舞踏会から逃げ帰ったシンデレラは、夢のような一夜を思い返しつつ、魔法のような夢と自身に言い聞かせる。
しかし、あまりに辛い現実に引き戻され、ついには死を決意して妖精の女王が住む恐ろしい山に向かう。
そして王子もまた、妖精の女王の山に向かい、愛しい女性と逢うためなら命を賭けると妖精に告げる。
2人の想いに胸打たれた妖精の女王は、もう一度2人を再会させ、愛を再確認させると、魔法で眠らせる。
目覚めるとシンデレラは、何故か自分の家にいた。
そこへお城から〈舞踏会で残されたガラスの靴が合うものを、妃として迎える〉とおふれが出される。
王子の愛を信じるシンデレラは、生きる気力を取り戻し、お城に向かう。ガラスの靴は彼女にぴったり。かくしてシンデレラはついに真実の愛と幸せを手に入れるのだった。
誰もが知る、おとぎ話のハッピーエンドである。

キャスト
榎本 琴水(S)
ルチア
杉山 紗英(S)
ヴィオレッタ
泉 萌子(S)
ロザリンデ
伊藤 邦恵(S)
アデーレ
大島真梨亜(Ms)
サントゥッツァ
シャルマン王子
成田 七香(S)
ローラ
神戸佑実子(S)
シンデレラ
竹内穂乃香(S)
妖精の女王
釜田 雄介(T)
アイゼンシュタイン
エドガルド
富澤 祥行(T)
アルフレード
トゥリッドゥ
前田美恵子
ピアノ